家づくりラプソディー

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延床23坪の注文住宅を建てた経緯や暮らしの紹介。理屈っぽい話題多めです

ドイツ引き戸「ヘーベシーベ」とYKK AP「大開口スライディング」の違い

「ヘーベシーベ」と呼ばれる高性能な引き戸と、それと似た商品「大開口スライディング」について比較した記事です。

引き違い窓の限界

日本住宅の窓の開き方といえば、やっぱり「引き違い」タイプが代表格でしょう。

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サーモスII-H / サーモスL - LIXIL

障子やふすま、雨戸といった建具からも解るとおり、日本の建築物の開閉部には、屋内外を問わず、引き戸が古くから使われてきました。

特に日本は「玄関ドア以外の場所からも外にアクセスしたい」という縁側文化がありますので、大きな窓、とりわけ掃き出し窓(床と繋がっている窓)の需要が高いのだと思います。

引き違い窓は、開閉をしても室内外に飛び出したりする部分が無いので、大開口を取ることとの相性がよいのでしょう。カーテン、シャッター、雨戸等々、窓周りのアタッチメントも干渉しませんので非常に取りまわしに優れます。

 

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西川家別邸 - 江戸東京たてもの園

しかし、住宅の省エネ性能や快適性を向上させるための要素として、気密性(隙間風の少なさ)が重要であることが明らかになってきてからは、徐々に引き違いタイプの窓が敬遠されるようになってきています。

というのも、レールに沿ってスライドする構造の窓は密閉するのが難しく、例えば現代の引き違い窓は戸車という滑車によって動く仕組みになっています。

 

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商品のお手入れ方法 - YKK AP

 

このため、常に窓がサッシから少し浮き上がっており、いくら閉めたり鍵をかけたりしてもサッシに密着することができません。せいぜいゴムとか毛で出来たピラピラのモール(ビード、あるいはパッキン)でレールをふんわりカバーするのが関の山(密着させるとスライドできませんからね)。

 

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エルスターS 引き違い窓 縦断面図

たとえガラスを何枚重ねても、サッシを樹脂にしようとも、気密性が悪いという構造的な素性は解決できていないのです。(もちろん昔のサッシに比べると格段に進歩していることは事実で、JIS A 4706-2000という規格で等級別の気密性能が保証されています)

気密性についてきちんと測定されたデータはなかなか出てきませんが、おおむね窓1つにつき数cm角に相当する隙間ができるようです(算出方法は後日書きます)。

とはいえ、「C値」といって家全体の隙間の平均値を評価する場合は、窓以外にも気密を取るために重視すべきところがたくさんあるので、開き窓やFIX窓もバランスよく採用していけば、引き違い窓をつけてもOKでしょうという考え方が多いようです。

しかし事実として、引き違い窓は

  • 周辺がほのかにスースーしたり
  • コバエが入ってきたり
  • 塵や砂がサッシに溜まりやすかったり
  • 遮音性も不利だったり
  • ついでにクレセント錠の防犯性が低かったり

 …という、C値だけからは判断できない定性的な欠点があることは、よく認識しておく必要があるでしょう。

特に、室内の気圧を下げて気圧差で空気を循環させる「三種換気」という換気システムを採用している住宅の場合、引き違い窓の隙間が吸気口として働いてしまい、虫、砂、花粉の吸い込み口となりやすい傾向があるので要注意です。

ドイツ引き戸「ヘーベシーベ(Hebe-Schiebe)」とは

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Heben(リフト)Shieben(スライド)。

ロック状態では窓とサッシが密着しています。レバーを回してロックを解除すると、窓の下部から大きな滑車がせり出してきてサッシのレールに乗り、窓がテコで押し上げられて完全に浮いた状態になります。この状態でスライドさせる事によって軽々と開け閉めができるという仕組みの特殊な引き違い窓です。

このヘーベシーベの特筆すべき点は、開閉の軽さとロック時の気密性を両立しているところです。

3枚ガラス、5枚ガラス、木製の窓枠など、断熱性能を重視すると窓の重量は増加する一方なので、冬の寒さが厳しいドイツや北欧でスライドタイプの窓をつけようとすると、自ずとこのような機構になっていくのでしょう。(そもそも寒さが厳しい地域では引き戸を多用する文化があまりないので、ヘーベシーベ自体がドレーキップほどメジャーな存在ではなさそうです)

ただし、機構が複雑なため、丈夫な金属パーツが多く必要となり非常に高価です。定価ベースで普通の引き違い窓の3倍~5倍程度の価格は想定しておく必要があります。しかも、日本ではあまり流通していないので値引きが渋く、同じ理由から搬入工事費も高いため、それらを踏まえると結果的に5倍~8倍かそれ以上の価格差がついてしまうこともあります。 

ヘーベシーベは木製サッシメーカーのショールームでお目にかかることができます。初めて触った時、横幅2m以上もあるドデカい木製引き戸がノソっと持ち上がってツーっとスライドするのを体験しましたが、もはや官能に訴えかけてくる優れた操作感覚でした。ウットリ。

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YKK APの「大開口スライディング」とは

YKK APが高性能引き戸として近年ラインナップし始めた「大開口スライディング」。トリプルガラス・アルミ樹脂複合サッシの「APW 511」と、トリプルガラス・樹脂サッシの「APW 431」があります。(性能の高い方が数字が小さいというのは、他のAPWシリーズの命名則と違っていて紛らわしいですね)

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APW 430 大開口スライディング

公式動画が無いんですが(売る気ないのかYKK)、解説をアップされている工務店さんがいらっしゃいました。

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この「大開口スライディング」、上記の「ヘーベシーベ」タイプの引き戸だと思っていたのですが、どうやら厳密には少し違うようです。

大開口スライディングは、ヘーベシーベのように窓が上下に大きく浮き沈みするわけではありません。ロック時に動くのは、実は奥行き方向。ロックと同時に滑車が奥に傾いて、サッシの縁の立ち上がった部分や、もう片方の固定窓(FIX窓)の窓枠部分に引き戸を押し付けて気密をとる仕組みになっています。

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YKK AP APW 511 大開口スライディング
滑車が傾く機構自体はYKK APのオリジナルのようですが、窓を前後方向に押し付けて密閉するということで、ドイツの窓金具メーカーであるSIEGENIA社のECO SLIDEという製品と同類に属するという話があります(業界の人に聞きました)。

片方の窓がFIX窓でなければ成立しない機構なので、引き違いではなく片引き戸のラインナップしかありません。YKK APの社内実験値によれば、隙間は「引き違い窓の1/5」だそうです。

大開口スライディングは、YKK APショールームで試すことができます。非常に軽い操作感を実現しているのはさすがYKKの技術力といった感じなのですが、あまりに出来が良すぎるのか若干拍子抜けしてしまい、ヘーベシーベのような操作の喜びはありませんね(笑)

 

気密ラインを比較

普通の引き違い窓、ヘーベシーベ、そして大開口スライディング。これら3種類の掃き出し窓の設計図を比較して、気密がどのように確保されているかを定性的に評価してみようと思います。サンプルは以下の通りです。

  1. 引き違い窓: LIXIL エルスターS 単体引き違い窓
  2. ヘーベシーベ:ユニウッド ヘーベシーベ引き違い
  3. 大口径スライディング:YKK AP APW431 大開口スライディング
1. 引き違い窓: LIXIL エルスターS 単体引き違い窓

各社製品の中からエルスターSをピックアップした理由は、気密部材の働きが設計図の中から読み取りやすかったからです。本来は、本体の寸法や取り付け方を伝えることが目的の図面ですからね。

(ですのでエルスターSが他メーカー品より良いとか悪いとかいうわけではないです。ただ図面が今回の説明に使いやすかっただけです)

カタログによると、レール部分を両側からゴムのヒレでカバーしたり、召し合わせ部(窓が重なる部分)をモヘアやゴムで仕切ることによって気密性を向上させているようです。

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LIXIL エルスターS 単体引き違い窓

引き違い窓で密着性の認められそうな気密ラインはここ。f:id:a-schiebe:20201019143732p:plain

クレセント錠です。すべり出し窓のグレモン機構のように強い力で引き寄せているわけではないですが、召し合わせ部についてはそれなりに効いていると思われます。一方、レール部分のヒレは力をかけて密着させたりしているわけではないので、外の風が強かったりすると外気がスースー入ってくると思われます。

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エルスターS 縦断面図(横から見た図)

また、横端の部分(下図の右部分)はヒレで覆ってあるだけですが、唯一サッシと窓を直に接触させられている部分なので、上下サッシよりはかなりマシかと思われます。ただし、単に接触しているだけであって、押し付け力がかかっているわけではないので、風の侵入を許す部分であることは確かでしょう。

召し合わせ部分(下図の左部分)はすでに説明したとおり、クレセント錠の部分以外はなんとなく毛とかゴムパッキンでカバーされているだけで、わりかしツーツーだと思われます。

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エルスターS 横断面図(上から見た図)

気密ラインを、強いほどほど弱い、の3段階で色分けするとこんな感じでしょうか。

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エルスターS
2. ヘーベシーベ:ユニウッド ヘーベシーベ 引き違い
ロックをかけていると、下部のパッキンが重力で押しつぶされてぴったり気密がとれます。

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ユニウッド 横断面図
また、ロック時にサッシの横部と窓が手をつないで引きつけあうような形になっています。召し合わせ部分も返し部分にパッキンがついていて、その引きつけの力を利用して密着するようになっているため、どちらも気密が取れています。

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ユニウッド 横断面図

 唯一心許ないのは上部でしょうか。ヒレで上部レールの空間を押し塞いでいますが、せいぜいゴムの弾性でがんばっているだけのように見えます。

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ユニウッド 縦断面図
よって、気密ラインの強さはこんな感じではないでしょうか。

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ユニウッド ヘーベシーベ引き違い
3. 大口径スライディング:YKK AP APW431 大開口スライディング
ロック前は戸車が垂直に立った状態。赤丸で囲った気密パッキンがふんわり浮いています。

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APW 431 大開口スライディング 縦断面図
ロックをかけると戸車が傾き、窓がサッシの立ち上がり部分に押し付けられて、パッキンがつぶれるはずです。
(この図面からはパッキンが消えているため、想像で補って話すしかないですがそうなるはずです)

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APW 431 大開口スライディング 縦断面図
隣の窓との召し合わせ部や、サッシ横側への納まり部分も、室内側から室外側に力がかかって気密パッキンを押しつぶし、空気の通り道を塞ぎます。

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APW 431 大開口スライディング 横断面図
大開口スライディング窓は、気密ラインが「窓フレームの外側表面部」の1面に揃っており、また圧力をかける方向も「室内から室外方向への押し出し」で揃っています
複雑な機構でありながら、各種部材が同じ動作に帰着するように整理されており、機械的な美しさを感じます。実際には想定通りにいかない部分もあるのでしょうが、理論上は大開口スライディングが最も優れているように感じますね。

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APW 431 大開口スライディング

 

大開口スライディングは片引きタイプしかないため、引き違いタイプの2枚引きと直接比較するのはフェアではないですが、引き違いの1枚部分と比較しても気密性は高いと思われます。

まとめ

YKK APの大開口スライディングは、ヘーベシーベより気密性が高い!

しかし重厚感はない!(笑)

 

…ただし、図面と機構を比較して素性としての気密性を論じたのみですので、あまり信用しないでください。

例えば、大開口スライディングに、図面に現れない謎の大穴が空いていれば優劣はたちまち逆転するでしょう。

また、エクセルシャノンのように性能を最重視するメーカーが作る引き違い窓であれば、ローコストなメーカーのヘーベシーベよりも気密性が高くなるかもしれません。

施工の精度にも大きく依存するでしょう。

 

そのあたりは踏まえたうえで、一つのお勉強として受け取って頂ければと思います。

 

おまけ 

実は他にも、「パラレルシーベ」という車のスライドドアのような機構の引き戸もあって、こちらはさらに理想的な同一平面・同一方向の気密ラインが取れるほぼ完璧な代物なのですが、あまりに大掛かりすぎるため採用できる人は限られているでしょう。

エクセルシャノンの「シングルスライド窓」というのがこのパラレルシーベ機構を採用しています。

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本場の北欧地域では、内倒しでの換気機能まで追加した「パラレルシーベキップ(PSK)」というロイヤルストレートフラッシュ(RSF)みたいな語感のフルコース窓として提供されることが多いようです。

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YKK APの大開口スライディングの発想の元となったと思われるSIEGENIAのECO SLIDEの説明によると、ECO SLIDEはヘーベシーベ(lift-slide)の使いやすさとパラレルシーベキップ(parallel slide & tilt)の気密性の良さを合わせ持つ、という風なことが書いてあります。したがって、大開口スライディングの素性の良さも推して知るべしと言ったところではないでしょうか。