家づくりラプソディー

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延床23坪の注文住宅を建てた経緯や暮らしの紹介。理屈っぽい話題多めです

住宅の耐震性能について (1) 4号特例の誤解に基づくセールストーク

住宅の耐震性能について見かける情報のうち、「4号特例」という制度の誤解について説明した記事です。

耐震性能は、家選び・家づくりの重要な要素

住宅、とりわけ一戸建てを購入するにあたって、耐震性能について勉強される方は多いのではないかと思います。

書籍でもよく取り上げられるテーマですし、ネットでもたくさん情報が出てきます。YouTubeでも専門家による動画が色々とアップされており、素早く知識を得られたのでとても助かりました。

私も少し調べた上で「耐震等級3をクリアする設計を標準としており、少なくとも確証として計算書を出してもらう」という条件で会社選びをしましたが、品確法、許容応力度計算、住宅性能評価(設計)(建設)その他細かいところは設計契約後に知的好奇心に基づく深掘りをして今に至ります。

耐震に終点はない

まず、一般論として耐震性は高い方が良いと思います。とはいえ、耐震〇級だ〇〇計算だ、制震だ偏心率だと色々と評価の指標はあるにしても、本質的には程度の問題です。等級3と等級2との間にいきなり何か決定的な構造要素があるわけではないですし、揺れのモードを多面的に検証できているわけでもありません。施工の確かさについても素人には評価できませんし定性的な所は第三者機関も評価しません。そもそもこれから家を襲うであろう地震がどんな地震なのかも正確には分かりません。

「耐震等級」は、そんなこんなで色々わからないことだらけな中、住宅レベルの検討において、(保険の割引なども手伝って)事業者・施主の共通言語として、「ある観点での評価によって一定の耐震性を担保する指標」として簡便かつ合理的であることから指標の1つとして利用されているんだと思います。

ですので、仮に耐震等級3ギリギリで設計している人が耐震等級2の人をこき下ろすことがあるとして、耐震等級3の1.5倍の強度で設計している人に逆にこき下ろされることになっても構図としては文句言えないし(キリがありません)、ビルの設計などで地層や活断層まで考慮してシミュレーションしたり、2次災害の防止とか避難経路の確保まで考えて設計したり、都市計画レベルで手入れをしているのに比べれば「とりあえず強くしてみただけやん」みたいなドングリの背比べに見えることでしょう。

耐震性能にかかわるセールストーク

当然、来たる巨大地震でも変わらず住み続けられるわが家わが町であってほしいというのが多くの人の思いでしょう。 そこに疑う余地はありません。

それを前提として、耐震性能に拘っている住宅会社は、「耐震とはどうあるべきか」といったそれぞれの技術思想に基づいて、多種多様な選択肢を検討し、許されるコストや持ちうる技術、工数の範囲内で落としどころを設定して、丈夫で安心な住宅を付加価値として訴求するわけです。

しかし、耐震についてネットでしばしば自己正当化的な言説を見かけてモヤモヤすることがあります。上述したように、耐震性能は一種の程度問題として、住宅レベルでの適切な落としどころを各個判断した結果「このくらいの性能は最低限欲しい」といった結論に至っているだけであり、横並びにして殴り合うのは何だかレベルが低いものに感じます。私は専門家ではない以上、そのモヤモヤの中身を自分で調べて解消するしかありません。Twitterで放り投げた独り言のようなものにリプライを下さった実務者の方々には感謝の思いで一杯です。

 

わざわざ『私が作る家には水洗トイレがあります』とアピールする業者が居ないことからも分かるとおり、本当に当然備えるべき性能だと心の底から考えているなら、そもそも耐震性能をアピールしません。あくまで「当然備えるべきだと私は思う。なので私はそうしている。ただし他の人はもっとレベルが低い」という謙遜風自己アピールのようなものを含んでいる論調に留意すべきです。仮に法律の基準が甘すぎる場合、甘い基準とか、その認識が不十分である事に問題があるのであって、他社が不適法なことをしているわけではありません。むろん、現在の基準がいかに甘すぎるか、その認識が業界内でどれほど不十分か、とか、住宅購入者の暮らしと財産を守るために必要な耐震性能とは何ぞや、といった主張自体は、建設的な議論だと思います。

ある住宅が建っている、もしくは建てられようとしている時、それが法律的に正しい手続きを踏まれているものであれば(大前提です)、そのオーナーが検討すべきなのは「じゃぁこの家はどのくらいの地震に耐え得るのか、どのように備えているべきか、何か手当ては可能か、いっそやめるべきか」という情報整理や対策の検討であって、「本当はやってはいけないことをして建てられた家だ、あの会社にだまされた、あいつは信用できない」という負の感情を増幅させることではないはずです。しかし一部の情報発信者は自分(自社)の思想を正当化しようとするあまり、それ以外が不正であるかのようなバイアスを働かせてしまい、結果として不安をあおる事になっているのではないかと思うことがあります。

特に、他者の不正さを暗示させる言説には必ずしも正確な表現が用いられていない場合があり、指摘…というのもおこがましいですが、情報発信しておく必要があるかもと思って書いているのが本記事です。

「本当は構造計算をしないといけない」のか?

いきなりですが、以下のような言説(たくさん出てきます)は正しくないと私は結論しました。

「本当はすべての建物は構造計算をしないと建てられません。
 しかし、4号特例といって、小さい木造一戸建ては構造計算をしなくてもよいことになっているのです。
 我々は全棟で構造計算を行い、安全性を確かめています。」

営業担当者ならともかく、建築士がこう言っているとしたら若干ヤバいのではないかと思います。なぜなら、建築士とは、各種法令の正しい理解と運用に熟達することを前提として、国によって特権が与えられている重要な国家資格だからです。設計行為自体は無資格者でも行うことができる一方で、建築士免許の登録者は法律上の特権を持っています。したがって、建築士は良いプランを書けるとか人柄がいいとか以前に、法的手続きに関して正確な知識を有することが何より重要だというのが私の個人的な考えです。(自動車運転免許を持っている人が車の運転という特権を得ている以上、運転の上手・下手以前に交通ルールの知識が求められるのと同じでしょう)

ことさら文字で残す場合は公開する前に確認したり、場合によっては後から修正できるわけですから、より正確性が求められて然るべしだと思います。

…まぁ何にせよ、このあたりの規則は全て明文化されており、例によって誰でも読むことが出来ます。

上記のセールス文章には2つの誤りがあります。

① そもそも構造計算は必須ではない

② 4号特例は、構造計算をしなくてもよいという特例ではない

①そもそも構造計算は必須ではない

まず、いくつかの条件をクリアする木造一戸建て住宅は、建築基準法では「4号建築物」として扱われます。

めちゃくちゃ広いわけでもない2階建ての家は、おおむねこれに該当すると思います。建築基準法第6条(建築物の建築等に関する申請及び確認)1項4号に規定されていることから、4号と呼ばれているわけです。

さて、建築物は構造として満たさなければならない基準が規定されており、「4号建築物」についての基準は、建築基準法第20条(構造耐力)4項に規定されています。

趣意としては、4号建築物は以下のどちらかに適合しなくてはなりません。

(イ)政令で定める技術的基準

(ロ)構造計算によって確かめられた安全性

で、この(イ)の技術的基準というのは施行令第36条(構造方法に関する技術的基準)3項に飛んで、詳細は第80条あたりまでつらつら規定されています。いわゆる仕様規定です。

…要するに、構造計算をしないといけないという法律は無いし、構造計算をすべきところを省略してよいという法律も無くて、

(イ) 仕様規定 (ロ) 構造計算 のどちらかで基準を満たすことによって構造耐力を担保せよという決まりになっている

のが4号建築物です。

(ここでいう「構造計算」は広い意味での構造にかかわる計算全般の事ではなく、保有水平耐力や許容応力度といった法令で定められる特定の方法で構造の安定性を確かめる計算を指します。それ以外の計算、例えば仕様規定を満たしているかどうかを確かめる計算は俗に「簡易計算」等と呼ばれることがあります)

(また、耐震等級の認定を受けるときに使える品確法の計算は、仕様規定に色々と基準や検討事項が追加された強化バージョンのようなものです。これについて設計ソフトウェアのメーカーも、認定を受けたソフトウェアの中で「構造計算ソフト」「構造計算書」という呼び方をしていますが、法律で定める意味の「構造計算」ではありません)

② 4号特例は、構造計算をしなくてもよいという規則ではない

次に、よく聞く「4号特例」って何?というと、建築基準法第6条の4(建築物の建築に関する確認の特例)第2項のことです。

これは、建築確認の審査(いわゆる確認申請)において、一部の審査は必要ないという法律です。省略される審査は施行令第10条で規定されており、合わせて読むと、

建築士が設計した4号建築物は、構造の審査が必要ない」となるでしょう。

つまり法律上、4号建築物は、仕様規定であろうと構造計算であろうと、構造の審査を省略してもよいという事です。

ということは、4号特例とは計算の省略ではなく、審査の省略についての規定に過ぎません。そして、仕様規定で基準に適合できる建物であれば、構造計算はそもそも出る幕がありません

(なお、この4号特例の問題点と言われているのは、構造耐力に関する検討がされていなかったり、基準を満たさない構造の建築物でも、審査を通ってしまう事です。
これを悪用して「審査されないので、構造の基準を満たしていなくてもよい」というあまりにヤバい事業者が散見されるようで、特例の廃止に向けた動きがあるようです)

というわけ「構造計算をしなくてもよいのが4号特例」という理解は間違っています。

また、「構造計算の審査が省略されるのが4号特例」というのは間違っては無いですが、そもそも構造の審査自体が省略されるわけですから、あえて構造計算の話題に限定して言葉遊びを展開する理由は…推して知るべしといったところでしょう。

最後に

…これらの間違いに対する正しい認識を踏まえると、あくまで建築基準法および施行令上は
「4号建築物にとって、構造計算は仕様規定が適用できない場合に取り得る選択肢」

「仕様規定だけでは不十分なので構造計算もやります、というのは構造の安定性を高めるために自主的に行う+αの取り組み」

という概要が見えてくると思います。

 

「本当は建物は難しい構造計算をしないといけない。なのに4号特例で誰もやってない。特例は廃止すべきだ。当社は偉いからやる」

といった営業トーク。もちろんその会社の取り組みは素晴らしい事だと思いますが、法律の理解が間違っているため、ちょっと危険だと思います。

なぜなら、上記でつらつら説明したとおり、「4号建築物は構造計算がいらない」というのは法律的に明らかに正しい説明です。こう述べた建築士法律を正しく説明しているということになると思います。

にもかかわらず、それを聞いた人が「この会社は・建築士は構造計算をしない。しなくてはならない事をしないなんて、悪徳業者だ」と思ってしまう可能性があります。なんなら信用棄損とか業務妨害に当たる可能性があります。

「本当は」「本来は」という枕詞は、法律的な根拠があるわけではない個人的な見解ということになるでしょう。4号特例というガチガチな専門用語を出して聞き手を法律の土俵に引き込んだにもかかわらずです。これはよろしくない。しかも、仮に4号特例が廃止されても構造の審査が義務化されるだけで、べつに構造計算が義務化されるわけではないことは上記のたてつけを踏まえると理解できると思います。

このあたり、嘘をついていることにならないように慎重に言葉を選びながら文章を起こしているなぁと感じる記事ももちろんあります。しかしそうではない物もあり、流れに乗ろうとする軽い気持ちで書かれているのか、読み手に与える情報の絞り込み方によっては、ネット上にまた偏った記事が一つ誕生してしまうわけで、あまり褒められたものではないと思います。

一例として、4号建築物ではない建物や仕様規定が適用できない建物を手掛けている会社。これらはそもそも構造計算を行うことが義務づけらているので、構造計算を行っていることは特に自慢になりません。自分だけ宿題をたくさん出されているだけなのに、自主勉強を沢山しているかのように喧伝するのは程度が低いように感じます。

特に某金物構法を導入している会社の主張にはこうしたものが目に余ります。在来工法でも構造計算を行うことはできますので、「この構法は構造計算を行うので安全」という理屈は詭弁めいていて、そうした宣伝の仕方をする会社の姿勢はどうしたものだろうと個人的に思います。