家づくりラプソディー

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延床23坪の注文住宅を建てた経緯や暮らしの紹介。理屈っぽい話題多めです

外皮性能を自分で計算して思ったこと

住宅の省エネや断熱性能に関する指標として、UA値、Q値、ηAC値、一次エネルギー消費量といったものがあります。
これらは政府によって策定されたものであり、計算方法は一般公開されています。
したがって、特別なソフトを買ったりするまでもなく、計算に必要な情報が揃っていれば自分で計算することができます。
 
というわけで、外皮にかけるコストとの相関が大きい、UA値、Q値、ηAC値を自分で計算してみました。(工務店が提示する値とも比較して検証しました)

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計算の意味を理解しながら値を積み上げていく中で、これらの「建物のスペック値」の意義や思想が垣間見え、自分の言葉で説明ができるようになってきました。
そこで、私なりに得た知見というか感想を、いくつかピックアップして書いておきたいと思います。
 

省エネの指標であって、快適性のための指標ではない

まず、UA値、Q値、ηAC値といった指標は、そもそも、住宅の冷暖房にかかるエネルギー(電気代、石油代など)を見積もるために導入されたものです。したがって、これらの数値を小さくすると、住宅全体としての断熱性能が向上し、冷暖房が効きやすくなるため、結果として省エネに繋がります。
 
ただし、「夏は涼しく、冬は暖かい」という快適な住環境がこれらの数値によって約束されるかというと、です。
断熱性能の確保に伴う副産物として、温熱環境の向上という効果が得られる可能性は比較的高いと思いますが、直接の確証となるものは特にありません。
 
たとえばUAは、建物全体の外皮の熱貫流率(要するに断熱性)の平均点です。
仮にですが、外壁に面する浴室の壁1枚が無断熱であったり、浴室下の土間が無断熱であったりしても、平均点であるところのUA値はあまり変化しません。しかし、そんな状態では浴室の気温は外気に近くなり、冬の入浴に大変苦労することになるでしょう。
UA値という指標は、政府とか自治体といった「お上」が、特定の家とか町を眺めたときの冷暖房エネルギー消費をざっくり見積もる材料としては役立つと思われます。しかし、その家の中で細かく起こっていることには何ら興味がないのです。
 
また、Q値は、換気に伴う熱損失が計算に含まれています。
換気に伴う熱損失というのは、換気扇を回したことによって、室内環境が少し外気に近くなってしまった分を、壁や窓などから逃げる熱エネルギーと同様に損失として扱ったものだと考えて下さい。
 
ここで、熱交換換気という、室内外の温度差を緩和してくれる換気装置があります。これはメンテが面倒など色々とデメリットも指摘されているものの、少なくとも給気口周りの室内温度の均一化に効果があることに疑いはないでしょう。
 
この熱交換換気を導入した場合の、Q値の計算が曲者です。
熱交換換気を導入すると、実際の熱損失は多かれ少なかれ確実に低減されるはずです。
しかし、Q値の計算では、熱交換換気で消費電力が嵩んだ分を評価に組み入れるために、
 
「熱交換換気の消費電力」と、
「熱交換換気をやめて普通の換気扇に交換し、代わりにエアコンで温度を整えた場合に想定される消費電力」と、
の差を、補正係数として参入する
 
という何ともトリッキーな仕組みが導入されています。
これは、Q値があくまで省エネにフォーカスしていることを端的に表していると思います。
「熱交換換気をやめて普通の換気扇に交換し、代わりにエアコンで温度を整えた場合に想定される消費電力」
などという仮想的な条件は、実際の熱損失とは何ら関係がありません熱損失の計算式に電気エネルギー(電気代)が紛れ込んでいるわけです。離れ業です。
 
おそらく、Q値の計算方法の策定にあたって、こんな議論があったのではないでしょうか。
「熱交換換気は熱損失が少ない!省エネだ!」
「いやいや電気代かかるやん…」
「そんなん言うたらエアコンこそ電気代かかるやろがい」
「なんやと!じゃぁエアコンの消費電力と比べたろうやないかい!」
 
…振り返ってみると一体何やってるのかわからず、その反省から、UA値の計算では換気のパートがごっそり削除されたのでは…と邪推します。
ともあれ、採用する換気システムの判断基準は様々な要素が絡み合うのでしょうが、Q値ばかりを意識してしまうと、熱交換換気システムのシンプルな恩恵である「給気口から入ってくる空気の温湿度が割とマシ」という特徴を見逃してしまうと思います。
 
以上のように、UA値、Q値その他の省エネ指標は、あくまで省エネの見積もりのために作られたものであり、「夏涼しく冬暖かい家」を目指して作られたわけではないことを認識しておく必要があると思います。一定の相関が認められることから、温熱性能の指標として流用されているだけです。
後に紹介しますが、省エネだけではなく住環境の温熱設計も定量的に追及している設計者は、政府が制定した指標には縛られず、様々なデータや手法を駆使して快適性を評価・検証しているようです。

設計が似ていれば数値も似てくる

UA値やQ値は、外皮からの熱損失に正比例し、外皮の面積または延床面積に反比例する関数です。
したがって、住宅メーカーが想定しているモデルプランと同様の断熱仕様であり、かつ同じくらいの建築面積で作られた住宅であれば、計算結果の数値は大して変わりません
一方、実際の省エネ性や快適性は暮らし方(日射の取り込み方を含む)に大きく依存しますし、詳しくは後述しますが、採用するデータによって数値は大きく変動します。
これらのことを認識した上で、細かいプランの差による数値の大小自体にこだわる必要が本当にあるのかについては、一度考慮してみても良いかなと思います。
 
もちろん、ZEH等の各種認定を受けるために省エネ計算書が必要というシチュエーションでは、当然ながら個別計算が必要です。しかし、特にそうでもないのに「全棟でUA値を計算します!」というのは、単に数字を出して施主に喜んでもらうことが目的化しているかもしれません。
現在の自分の理解からすると、「全棟でUA値を計算」というのは、「全棟でUA値を計算すること自体をウリにしている会社」による営業トークに過ぎないかもしれないという雰囲気もわずかながら感じます。(それが悪いと言いたいわけではないですが)
 
ただし、仕様、工法、建物規模等をあまり固定せず、断面構造レベルで様々なバリエーションの建物を提案している会社や設計者の場合、外皮性能の分散が大きいでしょうから、個別に計算することは合理的だと思います。
また、一部のメーカーでは、過去の施工事例から乖離した非現実的なプランを計算モデルとして採用し、良い数値が出るように細工されている場合もあるようです。そうした誇張を伴う営業手段へのアンチテーゼとして各戸の計算を徹底している、という考えをしている会社もあるかもしれません。
 
実際、UA値を個別計算してくれる会社は、もっと踏み込んだ提案もしてくれる会社が多いと思います。たとえばパッシブデザインでは、日射熱取得のために「南の窓は遮熱性能の低いガラスを大面積で取る」という手法が有名です。この手法を取り入れたプランで実際に冷暖房負荷をシミュレーションすると、UA値は悪化するものの、日射の暖房効果によりエネルギー消費量が削減できる場合があります。結局、UA値だけでは本質的な議論にならないということの現れかもしれません。

計算の方法によって値が大きく変動する

ここで、UA値を例にして、私の家の建物形状をベースにした数値遊びをしてみましょう。
 
断熱仕様として、
充填断熱HGW105mm、基礎内断熱フェノールフォーム1種2号CII 40mm、屋根断熱セルロースファイバー吹き込み180mm、樹脂サッシLow-E3 Ar16 FL3 ペアガラス仕様
という構成で、値が有利に出そうな方法を選んでUA値の計算をしました。
UA=0.44 [W/m2K]
省エネ地域区分6(東京中心部など)において、いわゆるHEAT20 G2をクリアする仕様ということになります。
建物形状、窓の数などを「UA値優先」としてプランを変更すれば、同じ断熱仕様で0.40周辺くらいまではいけそうだなという感触です。
この地域のプロの方々が、「柱の太さいっぱいまでHGWを入れて、屋根は壁の倍くらい入れ、あとは樹脂サッシのペアガラスにすればG2ボーダーラインになる」と言っている通りだなと思いました。
(日本の大手メーカーの樹脂サッシ製品は、ほぼすべてLowEガラスとアルゴンガス入りが標準なので、細かい仕様を議論せずとも断熱性能が確保されており話が早い)

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しかし、全く同じ仕様、全く同じプランでも、できる限り値が悪く見える方法で計算をすると…
UA=0.57 [W/m2K]
なんとHEAT20 G2どころかG1のボーダーラインからも脱落し、ZEH充足レベルの仕様となります。2グレードダウンです。
何をいじったかというと、
・窓の熱還流率を、窓メーカーによって提出されている「試験値」から、住宅性能評価・表示協会が基準値として定める「仕様に基づく開口部の値」に。これでUA値が0.07悪化
・基礎の線熱還流率を、平成28年基準の計算式から、令和3年改正の定常解析シミュレーション値に。これでUA値が0.06悪化
もっと差をつけようと思えば、窓の付属部材や柱梁の面積比率の詳細考慮など、数値を上振れ下振れさせられるところはいくつもあります。
 
ちなみにこの状態から、壁にボード系断熱材40mmの付加断熱を施すと…
UA=0.46 [W/m2K]
これでようやくほぼ元に戻りました。
いやいや、戻りましたとかいう問題ではなく、50~100万円近くかかる付加断熱を施して格段に性能がアップしているにもかかわらず、計算方法の違いだけで、元の仕様と横並びの数値になってしまうのです。
 
もちろん、顧客に対して断熱仕様ごとの性能の違いを説明する際には、計算方法を統一して比較するでしょう。
しかし、公式なガイドラインを遵守した計算であっても、このくらいの数値の揺れがあることは認識しておくと良いかもしれません。
ちょっと見かけた値で一喜一憂するのではなく、そもそもその計算が何のために行われているかを知ることが重要だと思います。詳しくは次の節に続きます。

計算だって工数をとる

温暖な地域においては、ある程度高性能な仕様であれば、「不利な値」が出るデータを採用しても各種基準をクリアできる場合が多いですので、手っ取り早く入手できるデータを使うことで、計算にかかるコスト(人件費)が削減できる可能性があります。
例えば、上記の断熱仕様であれば、超手抜き計算でも住宅性能評価の「断熱等性能等級4」、すなわちUA<0.87 [W/m2K] を簡単にクリアし、長期優良住宅の認定を受けるための条件の1つを満たすことができます。
 
一方、単に施主を喜ばせる数値を出したい場合は、「有利な値」が出るようにデータを選別したり詳細計算を行ったりするので、相応に労力を要します。その結果、嵩んだコストが設計料に転嫁されたり、他の検討事項に割かれるべきであった時間が失われる可能性があることにも留意が必要です。
…さすがに言いすぎだと自分でも思っていますが、時には重要な観点となり得ると思います。
なぜなら、ランニングコストの低減(冷暖房費の削減)を名分として高価な躯体を売ろうするのであれば、トータルでのコスト感覚を伴ってこそ説得力があると思うからです。
詳細計算にかけるお金があれば、わずかでも断熱をグレードアップする費用に回せたのではないか?
言い換えると、細かい納得感と現実の性能のどちらを優先するのか?といったバランス感覚の話です。
※もっとも、「冷暖房の詳細シミュレーション費用」などと細かく区分して設計料を取っている会社は殆どなく、純粋に設計料の高さ(請負金額の何%、など)に転嫁されている場合がほとんどだと思います。設計料200万円で棟別の細かいシミュレーションをしてくれる会社と、設計料100万円で標準プランベースで検討しているだけの会社、差額の100万円で断熱の強化が可能。さてどちらを選びましょう?
 
‥‥といっても、ドラゴンボールの戦闘力よろしく、人には往々にして「点数化したい欲」がありますので、数値を提示した上で、それが期待する一定のラインに達していることを知った施主は、ほぼ間違いなく喜ぶでしょう。
温熱環境や省エネ性能に興味がある施主にとっては、家づくりという体験をより良いものにするステップだと思います。「クライアントの満足」を追求するのは仕事として当然の事であり、会社として真っ当なことだと思います。
 
Twitterで、省エネ計算のコストについて、Raphael設計の神長さんと会話させて頂いたことがあります。

神長さんは温熱設計のスペシャリストでカッティングエッジな存在。雑誌の連載記事も読ませて頂いてます。Rapahel設計は、しっかり設計料を確保した上で、室内の温度分布等の詳細シミュレーションを行い、目標の温熱環境や省エネ性能を達成するための仕様を提案している事務所です。そうしたレベルまでいくと、施主は「圧倒的な納得感」を元に、高性能な断熱仕様に安心してコストを割いたり、温熱環境を重視したプランの採用を検討できると思います(もちろんそれに相応しい予算があることを前提としていますが)。

簡略化された計算に過ぎないが、一定の合理性があると思う

UA値やQ値を建物全体の省エネ性能として捉えても、結構ザックリ感が目立ちます。
 
例えば、厳密なエネルギー消費量の算定を要求する「パッシブハウス」の認定を受けるために必要な計算では、窓の取り付け部から三次元的に熱が貫流する熱橋ルートを線熱貫流率ψとして計算し、熱損失の計算に組み込む必要があります。

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"窓周り熱橋の評価法と住宅の熱損失に及ぼす影響" 岸本 他, 日本建築学会技術報告集 第26巻 第64号, 995-1000
しかし、UA値やQ値の計算では、木造住宅の場合、壁や窓に関しては、あくまで直線的な熱貫流のみ計算すればよいことになっています。
 
また、ηAC値についても、屋根が受ける日射熱の計算において屋根勾配が考慮されないので、太陽から見た投影面積が小さく抑えられる北流れ屋根の家が数値として有利になることはありません。
 
とは言っても、個人的には、今のところ細かい計算まで義務づける必要はないだろうと思いました。
そもそも国が策定する基準というのは性能の底上げが目的ですので、認知度が上がり、そして多くの人が見積り・計算できることが重要です。
平成28年に、政府の省エネ基準の運用において使われる指標がQ値からUA値に切り替わり、計算がより簡略化されたのも、それほど悪い事だとは思いません。上で説明したように、細かい数値の大小を追及するのは、主旨に照らしてそもそもナンセンスだからです。
 
故に、工務店や断熱材メーカー等が既に発信しているように、おおまかなUA値のターゲットを設定した上で、それを達成する断熱仕様を紹介するというのはそれなりに合理的な運用の仕方だと思いますし、そのターゲットとしてHEAT20のグレード(G1, G2, G3)が存在するのも、上手な仕組みではないかなと感じました。
 
ただ、そうなると、そもそも断熱仕様でグレード分けすればよいだけの話で、そこにわざわざUA値が介在する必要性に疑問が出てきますね。
ネットで情報発信されている設計者やアドバイザーといった方々が、たびたび「おすすめ基準」のような物を紹介していますが、UA値だけでなく断熱仕様(各部の熱抵抗や厚み、窓の材質など)も合わせて提示されています。そこまで細かく指定するなら、もはやUA値は不要なのでは、ということです。
「東京ローカル版のZEH」とも言える「東京ゼロエミ住宅」は、断熱基準が計算値ではなく各部の仕様で規定されることになったのですが、こうしたUA値からの卒業のような流れをキャッチアップしているのだとすると、評価に値しますね。

数値バトルの傾向にあるが、必ずしも悪いことではないと思う

UA値に基づく断熱性能のグレード「HEAT20」が設定され、温熱系の設計者がそれをフォローする発信をしていることで、ある種HEAT20もブランドのように認識されつつあると思います。
YouTubeSNSを活用した情報発信により、施主界隈への影響も大きく、断熱性能に基づく住宅性能ヒエラルキーのようなものが暗黙のうちに発生しているようにも感じられます。
施主が自宅のUA値の良さを誇りとする。それがぶつかり合って、ともすればUA値で殴り合うこともできそうな雰囲気で、さながらUA値戦争前夜です。
といっても、そんな数値バトルが結果的に良い方向に作用する可能性もあると思います。業界側ではなくカスタマー側から断熱性能についての要求が大きくなれば、マーケットイン的に住宅性能の底上げが図られることが期待できるかもしれないからです。
おそらく、日本の住宅建築界隈としては、施主がかつてないほど温熱環境や省エネに興味を示している時勢でしょうからね。